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シワが出来てからと治るまで

私の職場では、帽子をかぶることが義務になっていました。帽子はとても軽いのですがゴムが強いもので、おでこにいつも深いあとが残りました。

3カ月ほどしてから、目と目の間に横じわができるようになりました。最初は、できたりできなかったり。

しかし、1年経ってそれははっきりと刻みこまれました。仕事を変える事もできないので、マッサージをしたり保湿をしたり、自分なりにケアをしましたが良くなることはありませんでした。

また、同じ時期パソコンを使う機会が増えていました。目の疲れから、眉間に力を入れていることに気がつきました。すると、さらにシワが深くなって行きました。

毎日の習慣や癖でシワが出来る事を知り、せめて、眉間に力を入れないように毎日意識しました。シワに効果のある化粧品も部分使いしましたが特に良くなることはありませんでした。

普段、洋服はハットをかぶるのが好きだったのですがオシャレするのもやめて、シワを気にするようになりました。

一向に良くならないので諦めかけていた頃、体調を崩したこともあり職場を退職しました。

それから半年が経ってみると深く刻まれたシワが薄くなり、1年が経つ頃には全くなくなりました。やっぱり、職場の帽子が原因だったと分かりとても安堵しました。

しわに効果のある化粧品の選び方も悪かったのかもしれません。

しわ化粧品について詳しく書かれているサイトなどを見ていると、自分の使っていた化粧品が、いかに粗悪なものかということや、本当に良い物を使えば必ずシワ改善の効果があるんだな、とかかなり勉強になります。

とにもかくにも渡しの場合は帽子が原因だったので、それからは、気にすることなくファッションでハットをかぶることもできるようになり、化粧もたのしくなりました。

今日の出来事

今日は、10時~20時まで仕事だった。
僕の仕事は、接客業なので、日々いろいろなお客様とお話をする機会がある。
今日はそのお客様にこんなことを言われた。
店なんて腐るほどあるし、正直値段が安いとか高いとかは僕にとって正直あまり関係がないんだよ。
じゃあなんでこの店に来るか。
それは、君がいるからだよ。
人が店に来る動機っていろいろあるけど、その中でもあの人に会いたいから、あの店に行こうと思う人は結構いっぱいいると思うよと。

僕はその言葉をもらった時、本当に嬉しかった。
いつも自分ががんばっている姿を誰かが見てくれていて、そして会いに来てくれる。
これを実感できることが、接客業のやりがいだと思った。
毎日毎日の積み重ねは、とても辛く孤独だが、こういう人がいてくれるおかげで、その辛く孤独な努力に身が入る。
言葉の力ってすごいな~。

僕は言葉はずっと、意思伝達のみに使われる道具だと思っていたが、実は、言葉は人生や心に活力を与えてくれる、大切な栄養ドリンクのような側面もあるのだと思った。

この言葉の力は、人間社会を円滑に回すことができる力があるのではないか?

そう思うと、少し楽しくなった。
これからも、より一層言葉のボキャブラリーを蓄え、本当に困っている人を言葉の力で助けてあげあられるような、人間になりたいと思った。

庭の木の剪定を行いました。

年に一度の庭の木の剪定をしました。朝8時から午後1時までかかりました。

シルバー人材センターに依頼しました。職人の方が一人で剪定してくれました。庭の木がすべて切られました。

とてもすっきりしました。隣の家に伸びている木が5本くらいありました。念入りに切ってもらいました。隣の家のほうから切ってくれていました。庭の木にとってもよかったです。年に一度なのでまた、頼むのは来年になります。

6月の梅雨の時期に切ると伸びやすいともいわれますが、とても短く剪定してもらいました。木々に囲まれていたのが一気になくなってすっきりしました。ただ、隣の家まで丸見えなのが少し残念です。木で隠れている部分もあったので。

大体の木の花が終わっていたのでそれほど花がなくなって残念に思うことはありませんでした。剪定が終わった後の木と葉の始末もお願いしています。翌日に取りに来てくれることになっています。半日で終わってよかったです。私は有休をとりました。念のために休みにしていました。

平日の曇りの日に作業ができてとてもよかったです。ついでに前庭の枯れ草をかりました。

裏庭の草もきりました。庭の手入れを少ししました。庭の草も少しはかたづきました。とてもよかったです。

木のぬくもり

子どもの頃、実家(栃木県北部)の前は雑木林でした。杉や竹など、いくつもの種類の樹木が生い茂っていました。小学生になる前は、何人かの友達と一緒に林の中を歩き回って遊んでいました。

夏は昆虫採集でクワガタムシ(当時オニムシと呼んでいました)やカブトムシを探しに、早朝や夕方暗くなる頃に林へ入っていました。この時に落ちている枝や杉の木の幹に触れたのが始めてでしょう。教えてもらったわけではなく、遊びの中で木のぬくもりを感じたものです。

地元の地方紙の記事で、栃木県の建築端材を使って親子の木工教室が行われたことを知りました。この記事の中に、「子どもたちに木のぬくもりに触れてもらう」ことが今回の親子木工教室の目的と書いてありました。栃木県は木材産地としては全国上位だそうで、木材に触れて親しみを感じてもらうと同時に、栃木県を木材産地として認識してもらうことも目的でしょう。

「今の子どもたちは自宅の近くに林や森がないのだな」と思った時、自分が年寄り染みたなと感じます。その反面、クワガタムシやカブトムシをデパートやインターネットで買う現代っ子は可哀想だなとも思います。林や森は自然勉強の先生です。ぜひ子供たちには大自然から様々なことを学んで頂きたいと思います。

亡くなった姉を偲んでお買い物

“昨年乳がんで亡くなった姉は二つ上、個性的で勉強熱心な姉だった。

そんな姉が3年前にステージの高い乳がんということがわかった。すでに治療ができるかどうか微妙な段階だったのもあり、姉は一切の西洋医学治療を拒否し、食事療法など自分自身の納得いく治療をすすめることにした。

壮絶で静かな病気との闘いが終わったのは去年の5月、今年の5月で一周忌をすませ、ひと段落がついたところ。

買い物が大好きでよく近所のデパートにでかけ、1日楽しんでいた姉を思い出し、姉のよく行っていたデパートに一人で行ってきた。

一番好きだったローラアシュレイは色とりどりの花柄を使った服飾雑貨屋さんだ。心の中で姉に語りかける「きれいだねぇ、おねえちゃん」よく高校生のころ姉と二人で買い物に行ったのを思い出しました。姉がニコニコしながら、洋服を一枚一枚手にとって眺めている光景が浮かびます。

デパートはキラキラ輝いて気持ちも明るくなります。姉は一人でしょっちゅうデパートに来て何を考えていたんでしょうか。

高級なきれいなものを眺め、手にとっては元にもどして豊かな生活をこれからもずっとおくろうと、そう思っていたのでしょうか。お線香のお店で姉の大好きだった赤紫の蓮のお線香を買いました。いい香りに包まれて写真の中の姉は笑っています。

我が家の湿気対策

我が家は、北海道にあります。
木造のアパートで、よく洗濯をするので、夏場はとても湿度が高くなります。
去年は、特に対策もなく過ごしたのですが、今年から、少し対策をすることにしました。
まず、アイリスオーヤマ製の除湿機を買いました。
価格は、16000円のものですが、使いはじめてみると、なかなか音も静かだし、水もとれるし、素晴らしいです。
今年から、これにお世話になることにしました。
除湿対策としては、換気扇や、扇風機をこまめに使うのもおすすめです。
それと、置くタイプの除湿剤をいろいろなところに置いています。
これは、みずとりぞうさんのような商品です。何ヶ月か後にはたくさん水がたまってくれるので、楽しいです。
除湿の知恵としては、他にもいろいろあるとは思うのですが、今年はこんな感じで、夏場をスタートしてみようと思います。
我が家は、エアコンがないので、除湿機を購入したのですが、これがどのくらい活躍してくれるか、楽しみです。
湿気があると、なんだか頭痛がしてくるし、カビの原因にもなるので、今年は対策をしっかりとして、家族の健康を守りたいです。
除湿機は、しばらく稼働していると、トレイに水がたまります。
それを捨てるのが楽しいです。
これからも愛用していきたいです。

外交青書

今日は勉強会で外交青書の概観をしました。来年のサミット、AIIBへの参加が主なトピックです。
我が国は戦後70年、対戦への深い反省(安倍首相の言葉)のもと、誠意を持った対応をし、平和国家として、自由、民主主義、法の支配を骨格に歩んできました。
IMF・GATT体制では経済システムへの貢献、自由・民主主義各国との協力(アジア太平洋同盟は日米同盟を基盤としており、この意義は年々増加している)を通して国際社会に広く存在感を示してきました。これに加えて、ODA額は日本の民間企業による投資のもと、世界最高を記録しています。
友人がJICAでボランティアをしていますが、青年海外協力隊の活動を通しても、日本の平和精神を示すことができていると信じたいと思います。
また、我が国は積極的平和主義により、グローバル化・技術革新により広範囲に及ぶようになった脅威に対抗していきます。
大国として栄光を誇っていたアメリカは総合国力としては一定の力を保っていますが、相対的にみるとその権威は年々縮小しています。
ISILの動きやロシア・ウクライナ間の紛争もこれに大きな影響を及ぼしています。
外交青書を始めとする文書もっと読み込んで、勉強したいと思います。

知りたくなかったような知りたかった様な

ついこの間、白髪が生えていたのです。しかも2本。。。

私は、二十代です。1歳の子供を育てています。

近々友達の結婚式があり、髪型をどんな風にするか姉に髪型を作ってもらっていたときに発見したのです。

といっても、発見したのは髪をしてくれていた姉なのですが、なんと1本目はそのままスルーして2本目で私に「白髪が生えているよ」と言ってきたのです。
いやいや、1本目から言ってよー!!そして二本もあったことにとてもショックを受けました。

今まで白髪は生えた事なかったので地味に、けどかなりショックでした。
確かに、結婚して,なれない子育てをしてストレス、疲労がたまりっぱなしだったけど、言うほどそこまでじゃないし、なんとか頑張れてたし、我慢もできていたので大丈夫だと思っていました。

すぐ白髪を切ってもらって3分ほどショックのあまり、その白髪を眺めていました。
ほんとに白くて初めは白髪と認めたくなくて光加減じゃないの?と思いたかったのでその旨を伝えたらばっさりと白髪だと言い切られました。
しかも、切ってもらったのは1本だけで、残りの1本は実はまだ切ってもらっていないのです。
早く切ってもらいたいのですが、自分でも見えない所に生えているのでどうしようもできません。

結婚式までには、なんとかその白髪を切ってもらって、さらに、他に白髪がないか確認してもらおうと思います。

辛いストレスニキビ

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わたしは、もともと、肌が白く赤いニキビが出来ると、とても目立っていました。
高校入学して、2ヶ月目くらいから赤いニキビ地獄がはじまりました。
治しても治してもできる赤いニキビ。
毎日、毎日、学校に行きたくなくて
誰にも顔を見られたくなかったです。
母が買ってくれた、プロアクティブも肌に全く合わずに、さらに炎症が酷くなりました。
もう、この火傷のようなニキビを治すには皮膚科に行くしかないと、決心し皮膚科で飲み薬を処方してもらい少しずつ良くなっていきました。
普通のニキビ用の洗顔では、毛穴の汚れを落としきれないことを知り、化粧もしないのに、化粧クレンジングで毎日毎日、ホットタオルで毛穴を開かせた後にマッサージしました。
そしたら、肌がツルツルピカピカになりました。
赤いニキビが全て消え失せたわけではありませんが、毛穴を開かせ綺麗に汚れをかきだしたことで、毛穴の黒ずみ、角質が綺麗に落ちて、別人の肌になったかのようでした。
肌にも、ひとそれぞれの肌質があります。みんなが、使っているから、テレビで話題だからと言って自分に合うわけではないんです。
わたしは、皮膚科の飲み薬とクレンジングオイルで赤いニキビとサヨナラしました。
自分の肌に負担をかけず、肌質に合ったやり方でニキビを治すのが一番大切なことだと思いました。

自転車を廃車にしました

一昨日に父と飲んだ後、大雨の中を自転車で帰りました。
かなり酔っていて、正常な判断ができる状態ではなかったのかもしれません。
気が付くと「ここから先、車両進入禁止」と書いてある表示板に正面から衝突し、前方に投げ出されて這いつくばっていました。
自転車のチェーンが切れたのか、チェーンが全く見当たりません。仕方がないので自転車の本体を押して家に帰り、全てを明日に回してすぐ寝てしまいました。
次の日の朝はかなり早く起き出し、父に電話をかけました。事情を全部話したのち、「少し待ってろ、かけ直す」と言うので、二日酔いも手伝って9時ごろまで寝ていました。
父が車で駆けつけ、二人で昨夜衝突した地点に来ました。そして二人でチェーンを探しましたが、ゴミ捨て場にも見当たりません。誰かが朝早くに片づけてしまったようです。
とにかく自転車を修理しないと足がなくなるので、近所の自転車店にチェーンのない自転車を運びました。
店員さんは「ギアのワイヤーが切れているらしい、あとこれは特殊な自転車だから部品の取り置きがないよ」と言い、それ以上なすすべもなく、半年ほど乗ったその自転車は廃車にすることになりました。
自転車を父が所有する事務所に運び、そこで代わりに小さな折り畳み自転車を渡されました。
いわゆる「街乗り用」の自転車で、田舎道を走るのには全く向いていないのですが、渋々それを受け取って家に帰りました。
以前母の実家の従兄弟から「自転車が一台余っているから何かあったら言って」と言われていたのを思い出し、その日のうちに連絡して譲ってもらい、助かりました。